※AIでアイキャッチ画像を作って一度アップしたけれど、なんかダサいので変更しました
※2026.9.24 AIを補助にして文章作成したけれど、なんかAI臭がするので再校正しました
醤油を搾り終えると、うちの木桶はいったん空になります。もろみを布に包んで搾り、中身を残さず運び出す。木の内側をたわしでこすり、水を張って洗う音が蔵に響く。前の仕込みの疲れを持ち越さず、新しい大豆や麦がまっさらな状態から仕込めるようにする——これが毎回、必ず行われます。
けれど、木の板に棲みついた酵母や乳酸菌は、もろみと一緒には運び出されません。百何十年と同じ桶で仕込みを繰り返すうちに、そこにしかいない菌の一群ができあがる。蔵ごとに違う「癖」の正体です。
中身は毎回空にするのに、桶の性格だけは、世代を超えて少しずつ育っていく。なぜこの二つは両立するのでしょうか。答えを探しに、三つ寄り道をしたいと思います。

手がかりその一:太るはずのAIが、痩せていく
AIには「忘れる」という概念はあるのでしょうか。
知識の塊のようなAIは、このまま膨張してゆくのか?と疑問に思ったことがあります。
AIに大量の文章を書かせて、その文章でまた次のAIを鍛える。これを何世代か繰り返すと、伝言ゲームのように、細部や珍しい言い回しから先に抜け落ち、無難でありきたりな文章ばかりが残っていきます。2024年の研究はこれを「モデル崩壊」と呼びました。(末尾:論文・Web参照)
しかも今、インターネット上の文章の少なくない部分はすでにAIが書いたもの。次に学習するAIは、気づかないうちにこの伝言ゲームに参加しています。
膨張していくどころか、逆に痩せていくかもしれない。
自分自身のコピーを、そのままもう一度学び直すことのツケです。
手がかりその二:写し間違いは残しても、傷みは残さない
生き物は自分自身をコピーし続けても、痩せてはいきません。理由は、コピーの精度が、わざと甘いからです。
人のDNAはおよそ30億文字を複製して、写し間違いは1文字出るか出ないか。それでも何十兆回と積み重なるうちに、ごくまれに残る間違いが、何百万年もかけて生き物の姿を変えていく。醤油や酒の酵母も、この積み重ねの産物です。
さらに、大腸菌のような一見きれいな分裂でも、片方が古い細胞壁を、もう片方が新しい細胞壁を継ぎます。
古いほうは傷んだ部品を抱えたまま増える速さが落ち、新しいほうは身軽なまま次に進む。一つの分裂の中に、老いていく細胞と、生まれ直す細胞が同居しているのです。
この老い方の速さは、規模が大きくなるほど長くゆっくりになります。感情の記憶は数日から数年で薄れます。個人は3年で忘れてしまう。組織は30年で——そして家業のような文化的なまとまりは、1200年かけて世代を超えていくと言われます。
桶の中の菌の癖も、この一番ゆっくりした弧の上にあるのでしょう。

やまのかたちを描く忘れる時間
手がかりその三:忘れるのと、生まれ直すのは違う
大腸菌の新しいほうの細胞は、古いほうの傷みをただ忘れたわけではありません。傷んだ部品を持ち越さず、まっさらな状態からもう一度立ち上がっている。AIが痩せていくのは、まさにこの「まっさらに立ち返る」工程を持たず、前の世代の出力をそのまま次の学習材料にしてしまうからです。
写し間違いは残しても、傷みは持ち越さない。この二つが両方そろって、初めて同じ形が世代を超えて繰り返せます。
手がかりその四:境界を保ったまま、中身を入れ替える系
ここまでの三つの手がかりに共通する仕組みには、オートポイエーシス(自己創出系)という名前がついています。
1970年代にチリの生物学者ウンベルト・マトゥラーナとフランシスコ・ヴァレラが提唱した概念で、生命システムを「自分自身を構成する要素を、自分自身で作り出し続けることで、境界と組織を維持し続けるシステム」と定義します。
大腸菌が細胞壁を入れ替え続けても大腸菌であり続けるのも、人の細胞がおよそ7年で大半が入れ替わっても同一人物であり続けるのも、この定義に当てはまります。重要なのは「材料が同じかどうか」ではなく、「組織のパターンが自己言及的に維持されているかどうか」です。
AIのモデル崩壊が起きるのは、この自己創出の仕組みを持たず、前世代の出力をただの外部データとして受け取ってしまうからだと言い換えられます。
桶に還る
この二つを、毎日両方やっている場所が、うちの木桶でした。
中身を空にするのは「傷みを持ち越さない」ための仕事。木の板に菌の癖を棲まわせ続けるのは「写し間違いを残す」ための仕事。
桶という境界は変わらないまま、中の材料(もろみ)は毎回総入れ替えされ、境界に棲みつく菌の組織だけが世代を超えて維持されていく。これは比喩ではなく、オートポイエーシスの定義そのもの。
もしあなたの日々や仕事にも桶があるとしたら。。。
毎回空にしている仕事、あえて写し間違いを残す仕事はなんだと考えますか?

数年に一度空になる桶。
参考
書籍
- 畑村洋太郎『未曾有と想定外』
- ウンベルト・マトゥラーナ&フランシスコ・ヴァレラ『オートポイエーシス』
論文・Web
- Ilia Shumailov et al., “AI models collapse when trained on recursively generated data,” Nature 631 (2024)
- “Errors in DNA Replication,” Nature Education / Scitable
- Eric J. Stewart et al., “Aging and Death in an Organism That Reproduces by Morphologically Symmetric Division,” PLoS Biology 3, no. 2 (2005)

